母と二人で祖母のお見舞いに行った。
原因不明の高熱(39ド)は1ヶ月以上続いていて
何人もの医師が担当を変わっている。
祖母は体力も奪われほとんど意識不明。
母と見つけた祖母のスケジュール帳を見て涙があふれた。
一生懸命、記憶を残そうと必死だった。
ひとことしか書いてないけど
ページをめくるごとに、どんどん字は斜めにずれ、
崩れて読めないものになって行った。
スケジュール帳は6月で止まっていた。
必死に忘れないようにしてたんだね。。
私を2歳からヴァイオリン教室に連れて行ってくれたのは
祖母だった。
乳母車とヴァイオリンと私を抱えて。
私は「すぐ、泣いてグズル子」だったから大変だったろうな。
夕食の時間、祖母は目の焦点が合ってない状況でも
食べる意思を示した。
私がご飯を食べさせてあげた。
一生懸命、生きようとする祖母の姿を見て
涙が止まらなかった。
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